なぜMTGを辞めなかったのか?活動休止中に考えていた「新しい関わり方」

MTGアイデアノート 活動レポート

MTGを休止した私と、ブログを始めたきっかけ

前回の記事を読んでくださり、本当にありがとうございます。反響や応援コメント、心から感謝しています。

今回は、私が2025年6月末で活動を休止し、2ヶ月間MTGから離れた空白の期間について、そしてその後、なぜ再びMTG活動を続けようと決意したのかという部分について正直に話したいと思います。休養の公表が直前になった理由などにも触れています。

私がこのブログを始めた動機は、すべてこの「活動休止と再開」の決断に繋がっています。ぜひ、最後までお付き合いください。

無償活動の限界は、正直に言って「人間関係」でした

2025年6月、私は「無償でのイベント活動は限界」と、MTGをお休みすることを決めました。しかし、本当に疲弊したのは、運営の物理的な負担ではなく、人間関係でした。人間関係という心理的負担がないのであれば、無償での活動でも問題なかったのです。

私はどちらかというと、偽善的であっても平和主義者でいたいと思っています。自分が関わる場所で、揉め事の話しはもちろん、誰かがつまらなそうにしているとか、そういった内容だけでも、とても申し訳なく、水曜日が終わった後はよくひとり反省会をしていました。

「噂話で成り立っているこの世界」で感じたこと

MTGという狭いコミュニティだからこそ、「誰が何を言った」「誰と誰が何でもめている」という情報はもちろん、当然、私の話についても「誰々が〇〇と言っていた」という話も耳に入ってきます。あぁやだやだ。怖いですよねぇ。

強く感じたのは、この世界は(いや、MTG以外のもっと広い世界だってそうですが)「当人の話なんて聞かないで、噂話で成り立っている」ということでした。

MTGを休もうと思う中で、理不尽だと感じることも、「なんで?」と戸惑うこともたくさんありました。しかし、そうした感情を誰かに相談したり、愚痴をこぼしたりしたところで、「また格好の噂話の種になる」のだろうなと、いろんな諦めも覚えていました。結果、必要最低限な関係者にしか事情を話さないでおこうと決めたのです。これが、休養の公表が直前になった理由です。(本当は、呑みに誘っていろんな人に話を聞いて欲したかったのだよ(笑))

最近、MTG関係の方の勧めで『本好きの下克上』を読んでいるのですが(アマプラでアニメ再開してる!)、その中のセリフに「片方の言い分だけでは、見方が歪む」という言葉があります。まさにその通り。MTGに関わらず、両者の話を公平に聞くことなんてほとんどないですよね。それがMTGの世界だと「よく遊ぶ」「遊んでくれる」人の話のほうが、大切な情報として扱われてしまうのです。

まっとうな感情」と「決めつけない信念

でも、それは人間としてはまっとうな感情なのだと思います。「近しい人」「一緒に遊んでくれる人」を大切に思うのは当然のことだと思います。でも、だからこそ、他人の噂だけで「この人はああいう人だ」と決めつけてはいけない。私は、誰のことも決めつけないようにしなきゃなぁと強く思うのです。でも、私も人間なのでね。「決めつけない信念」は努力目標ではあります。コミュニティを続けるには、そうしたこととも向き合わなければならないのかなと思うのです。


コラム:私がTCGに対して苦手なポイント(なんでTCGやってるんだろ?笑)

  1. 勝負事(致命的)
  2. カタカナ&英語(致命的)
  3. 論理的思考(日本語難しいよね?)
  4. ネットミームについていけない
  5. 最新カードについていけない

「場を作る」努力は必死にしてたんだよ(笑)

これだけ苦手ポイントが多いのだけれど、カードゲーム自体は面白いと思っています。しかし、私にはみんなのように「最新弾の内容」や「新しい能力」などの話についていく情熱や能力は、少し(いやけっこう)足りないのです。

だからこそ、私は私にできること、つまりMTGへの情熱が低いなりに貢献できることを必死でやっていました。

  • 「場を作ること」「場を和やかにすること」
  • 「嫌な思いをする人を出さないように注意すること」「笑顔でいること」

「そこまでして楽しむものなのか?」と思うかもしれませんが(わたしも思っている)、それがわたしのコミュニケーションのとり方です。もちろんゲームとしても私なりに楽しんでいます。

しかし、毎週無償で頑張っていた活動と、「噂話し」「ゲームゆえのお気持ち表明」、そして、誉め言葉と理解しながらも微妙な感情にさせてくる「客寄せパンダ(的なニュアンス)」の言葉。これらが重なり「無償で頑張れる範囲超えているよね?」と、自問自答の毎日だったのです。

むかつきが原動力「他人を理由に自分の行動を変えるのはむかつく」

それでも、MTGを辞めようとは思いませんでした。なぜなら、私の中でどうしても、MTGの面白さと人間関係を同一視することができなかったからです。私の中では、この二つは別物でした。

そして、もう一つ。私が楽しいと思ってやっていることを他人理由で辞めることに対して「むかつき」を唱えずにはいられなかったのです。多分、私は性格が悪い。そして、負けず嫌いなのでしょう(笑)。「MTG女子はたいがい負けず嫌いでないとやっていけない」のかもしれません。

他人を理由に自分の行動を変えるのはむかつく」。この負けず嫌いな気持ちが、私がMTGを続ける理由ですね(笑)。辞めるときは、自分を理由に辞めたいのです。

結局、みんな「MTGで遊びたい」だけなのだ(MTGの魅力)

コミュニティを運営している間に、私は様々な論争や「お気持ち表明」を見てきました。しかし、その根底にあるものは、結局みんな「MTGが好き」で「MTGで遊びたい」という一点に尽きるのだと思います。(薄っぺらい意見かもですが)

何か嫌なことがあっても、またすぐに遊んでいる。私は、そういう強さもMTGというコミュニティの好きなところです。

私はどちらかというと、「嫌われたらいやだから」と雰囲気を読もうと頑張ってしまうタイプです。ですが、むかつくことなども含めて、また遊び相手を探してMTGで遊んでいるみんなのことを、尊敬もしているし、興味深くも思っています。

しかし、正直に言えば、「MTG辞めたい」と思ったことは一度や二度ではありません。「MTGなんか面白くない」「MTGなんか嫌いだ」とすべてシャットアウトして、「辞めてしまった方がどれだけ楽だろう」と思っている自分も常に存在しています。

きっと、この記事を読んだ人の中には、「じゃあ辞めたらいいじゃん(笑)」と嘲笑する人もいるでしょう。そのお気持ちもよくわかります。

それでも、私の中には「MTGを嫌いになるのはもったいない」という、どうしても捨てきれない感情があるのです。せっかく出会ったこのマジック:ザ・ギャザリングを嫌いになりたくない。「わたしはわたしのしたいことをしている」という、最後の抵抗かもしれません。これが、私が「活動の形を変えよう」と奮闘し続けている理由なのです。

そして結局は、シンプルに「MTGで遊びたいから遊んでいる」――これこそが、マジックの魅力なのだと確信しています。

ブログの動機は、樺沢紫苑先生の『アウトプット大全』

MTGの活動を頑張っている間、もともと好きな「読書タイム」が減っているなと感じていました。MTGをお休みしている間、まずは読書だ!と思い立ち…。せっかく読書するのだから、自分のプラスになるようにしてやると手に取ったのが「樺沢紫苑先生の『アウトプット大全』」でした。これが、ブログを始める直接のきっかけです。

プログラマーとしての経験も、イベント運営者としての体験も、そしてこの活動休止の経験も、結局は「アウトプット」しないともったいない。MTGのルールやカード効果は語れないけれど、それ以外のことでならアウトプットできる! と強く感じたのです。

このブログは、私のMTGへの新しい関わり方であり、そして、できるだけ「無償の活動はしない」という決意から、広告収益もちゃんと考えていくための第一歩です。ブログを書くのは大変だと身をもって感じましたが(笑)、応援してくれる方は、ぜひたまに読みに来てください!(収益化どうやってやるか調べることから始まる。先は長い。)

2つのルールと、アイデアを点から線へ繋いだ未来計画

新しい関わり方を模索するため、休んでいる間にアイデアを20個ほど書き出し、「点と点」を繋げるように実現できそうなことを吟味しました。

その土台となっているのが、この2つの新しいルールです。

  1. わたしの好きなこと(工作やデザイン)を通してMTGと関わる
  2. 出来る限り無償での活動はしない(収益化を考える)

このルールのもと、わたしの得意なことと「誰かのやりたいことを形にすること」を繋げた結果、まずは第一歩として「Tシャツづくり」をスタートします。

今後も、TシャツデザインやMTG工作といった、私の得意なことと、自分とみんなの「ワクワク」を通してMTGに関われたらいいなぁと思います。


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